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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)387号 判決 1990年1月26日

原告

株式会社三和建装

被告

石島運送株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金三九万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八九万二八三三円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙目録記載の自動車(以下「被害車」という。)を所有している。

2  交通事故の発生

訴外奥村剛(以下「訴外奥村」という。)は、昭和六三年九月六日午後一一時三〇分ころ、加古川市加古川町寺家町一七三の一前路上(以下「本件道路」という。)において、被告所有の貨物自動車(以下「加害車」という。)を運転後進中、おりから駐車中の被害車前部に加害車の後部を衝突させ、被害車を破損させた。

3  被告の責任

訴外奥村は、加害車を運転して東西に通じる本件道路(幅員約一〇メートル)を西進し、おりから本件道路南側付近において西向きに駐車中の被害車右側を通過して約二〇メートル前進したのち、後進するにあたり、被害車の右側を無事通過するようその駐車位置に注意を払うなど後方の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失があるところ、被告は、訴外奥村の使用者であり、本件事故は訴外奥村が被告の事業の執行中に発生したものであるから、被告は、民法七一五条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 被害車の修理代 金一一一万七一〇〇円

(1) 原告は、被告加入の保険により、訴外斉藤自動車株式会社(以下「訴外会社」という。)に被害車を修理させたところ、安田火災海上保険株式会社(以下「保険会社」という。)の査定及び協定にもとづく限定された別紙(一)記載の修理を行うにとどまつた。なお、この修理費金七八万二〇〇〇円は保険会社が支払つた。

(2) しかしながら、本件事故により破損した被害車の補修は、以下に述べるとおり、右保険会社の査定、協定による修理をもつてしては不充分であつて、さらに別紙(二)記載の修理を必要とするところ、その修理費の合計は金一一一万七一〇〇円である。

すなわち、被害車は、高級外車であつて、その価値の大きなウエイトは外観にかかつているから、破損部分の吹付塗装で足りる普通の国産車両の場合と異なり、当然全塗装を必要とするものというべきであるし、さらに、本件事故によつて被害車の右前部分を損傷したことから、保険会社の査定によつて、右フロントヘツドライトをはじめ主として同部分の損傷部分を取り替える補修が行われたが、その結果、損傷のない部品と比べて色・光沢の差を生じ、そのアンバランス(ヘツドライトは、左右によつて明るさの傾きも違つている。)は、誰の目にも明瞭に識別しうるものであつて、高級外車としての外観的価値が損われるに至つている。

よつて、別紙(二)記載の修理が必要である。

(二) 代車費用 金二二万五〇〇〇円

別紙(二)記載の修理に要する期間は一五日間であり、その間の代車費用として金二二万五〇〇〇円を必要とする。

(三) 車両評価損 金三五万〇七三三円

本件事故による評価損は、別紙(二)記載の修理を行つても、金三五万〇七三三円と認められる。

蓋し、評価損とは、損傷車両に対して充分な修理がなされた場合であつても、修理後の車両価格は、事故前の価格を下廻ることをいうのであるが、(a)修理技術上の限界から、顕在的に自動車の性能、外観等が事故前より低下すること、(b)事故による衝撃のために、車体、各種部品等に負担がかかり、修理後間もなくは不具合はなくとも、経年的に不具合の発生することが起こりやすくなること、(c)修理の後も、隠れた損害があるかもしれないとの懸念が残ること、(d)事故にあつたということで縁起が悪いということで嫌われる傾向にあること等の諸点により、中古車市場の価格が、事故にあつていない車両よりも減価することをいうものであると解されているから、被害車の本件事故による評価損は、明らかである。

(四) 弁護士費用 金二〇万円

5  よつて、原告は、被告に対し、右(一)ないし(四)の損害合計金一八九万二八三三円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2の事実はいずれも認める。

2  同3の事実は争う。

3(一)  同4(一)の(1)の事実は認めるが、(2)は争う。

自動車の塗装には防錆及び美観の保持という二つの作用があるものと解されるところ、部分塗装が、全部塗装に比べ、程度において光沢・耐久性に差異があるとしても、右両作用を有する点において差異はなく、今日の塗装技術の進歩からすれば、部分塗装が一見して美観を害する結果となるものとは考えられないから、本件事故によつて全塗装が必要であるとの原告の主張は、失当である。

さらに、原告主張のその余の修理費についても、本件事故による損傷部分以外の修理であり、汚れや日焼けによる色等に差異をなくするために部品を取り替えるというものであるところ、かかる差異は、誰が見ても一見して明らかというものではなく、修理業者である専門家や自動車が好きな好車家によつてはじめて分かる程度のものにすぎないから、損害の公平な負担という観点からみて、これらの修理まで加害者側に負担させるべきではない。

(二)  同4(二)ないし(四)はいずれも争う。

なお、本件においては、フレーム等車体の重要な本質的構造部分が、事故によつて重大な損傷を受けた場合とは根本的に異なり、機能的には何ら欠陥がないまでに回復し、かつ、美観上もほとんど完全に復元されているから、被害車には本件事故による評価損が存しない。仮に、評価損があるとしても、原告は、被害車を現に使用し、かつ、将来も使用するのであるから、評価損は顕在化しておらず、いずれにしても、原告主張の評価損は認めることができない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1(被害車の所有権)及び2(交通事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二  前記一で認定の事実に、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外奥村は、加害車を運転して東西に通じる本件道路(幅員約一〇メートル)を西進し、おりから本件道路南側付近において西向きに駐車中の被害車右側を通過して約二〇メートル前進したのち、後進するにあたり、被害車の右側を無事通過するようその駐車位置に注意を払うなど後方の安全を確認すべき注意義務を怠つたために本件事故が発生したこと、被告は、訴外奥村の使用者であり、本件事故は訴外奥村が被告の事業の執行中に発生したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

よつて、被告は、民法七一五条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  そこで、原告の損害について判断する。

1  被害車の修理代 〇円

(一)  原告が、被告加入の保険により、訴外会社に被害車を修理させたところ、保険会社の査定及び協定にもとづく限定された別紙(一)記載の修理を行うにとどまつたこと、この修理費金七八万二〇〇〇円は保険会社が支払つたことは、当事者間に争いがなく、右事実に、証人斉藤泰の証言によりいずれも成立を認めうる甲第一号証ないし第四号証、証人渡邉恭一の証言により成立を認めうる乙第一号証、いずれも被写体が被害車であることについては争いがなく、撮影者及び撮影年月日については証人渡邉恭一の証言により被告主張の写真であることが認められる乙第二号証ないし第一〇号証、証人斉藤泰、同渡邉恭一の各証言、原告代表者尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、(1)被害車は、原告が昭和六〇年に金一三八〇万円で購入したベンツで、本件事故により、右前部に損傷を受けたこと、なお、被害車の本件事故時までの走行距離は、約四万六〇〇〇キロメートルであつたこと、(2)被害車の修理は、被告の加入している保険により訴外会社がこれを行うことになり、昭和六三年九月八日、保険会社のアジヤスターである渡邉恭一が立会して、破損箇所の確定と保険によつて担保される修理範囲を査定した結果、損傷箇所はバンパー、ヘツドランプ右、フロントフエンダー右、ボンネツト及びラジエーターグリルのほか、ラジエーターコアーサポート、フロントフエンダーエプロン右、サイドメンバー右等に及んでいることが確認されるとともに、右損傷箇所の修理として、別紙(一)記載のとおりの部品交換及び部品塗装を行うものとし、これに要する修理費用総額を金七八万二〇〇〇円とする旨の協定がなされ、これに基づき、訴外会社は、別紙(一)記載のとおりの修理を現実に行つたこと、(3)しかしながら、原告代表者は、「この様な修理だけでは、破損したために新しく取り替えた右側のヘツドライト、ボンネツト、フエンダー等と、破損していない従前からの左側のそれらとのバランスが取れないし、損傷箇所のみを部分塗装したことにより、他の塗りかえていない塗装部分と色・光沢が違うので、高級車としての威厳が保てず、満足できない」として、あらためて訴外会社に対し、右の如き左右のアンバランスが解消されるような修理の見積りをさせたところ、訴外会社は、別紙(二)記載のとおりの修理が必要である旨の見積りをしたこと、(4)しかして、別紙(二)記載の修理内容は、被害車全体の色調等のアンバランスや左右のアンバランスを解消するため、本件事故で全く損傷のなかつた左フロントヘツドライト、リヤーバンパー、左右のサイドプロテクター、左テールランプ等の部品を取り替え、全塗装を施すというものであり、これに要する修理費用総額は合計金一一一万七一〇〇円と見積られていること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで、原告は、本件事故によつて破損した被害車の補修は、別紙(一)記載の修理をもつてしては未だ不充分であつて、さらに別紙(二)記載の修理を必要とする旨を主張し、その理由とするところは、被害車が高級外車であつて、その価値の大きなウエイトは、外観にかかつているから、当然全塗装を必要とし、また、被害車の損傷部分のみに別紙(一)記載の修理が施されても、損傷のない部品と比べて色・光沢の差を生じ、そのアンバランスは誰の目にも明らかであるから、高級外車としての外観的価値が損われる、というものであつて、証人斉藤泰の証言中には右原告の主張に添うかにみえる供述部分がある。

しかしながら、先ず、右斉藤証言によつても、原告主張のアンバランスは、修理業者のような専門家や車の愛好家の目から見ると識別が可能であるという程度にすぎず、また、証人渡邉恭一の証言によると、最近における塗装技術の進歩によつて、損傷部分のみの部分塗装が、新車の塗装(全塗装)と比べてさほど遜色のないことが認められるから、原告主張の如く、別紙(二)記載の修理を施さなければ高級外車としての外観的価値が保持できないものとは認め難い。

さらに、本件のように一部破損の場合の修理費は、破損箇所に対する相当程度の範囲に限られ、それ以外の箇所及び過剰修理分は除外されるものと解すべきところ、前記(一)で認定したところによれば、被害車の本件事故による損傷箇所は、別紙(一)記載の修理によつてすべて補修されており、別紙(二)記載の修理は、すべて何ら損傷を受けていない部品の取り替えと損傷箇所以外の塗装を内容とするものであることが明らかであるうえ、原告が主張するような高級外車の外観的価値ないし威厳の保持という観点は、被害者の経済状態を被害を受ける前の状態に回復することを目的とし、かつ、損害の公平な負担を旨とする損害賠償制度の埒外というべきである。

そうすると、被告らの負担において別紙(二)記載の修理を施す必要はなく、したがつてそれに要する費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができないから、この点に関する原告の主張は失当である。

2  代車費用 〇円

原告は、本件事故により、被告らの負担において被告車に別紙(二)記載の修理が施されるべきことを前提に、右修理期間中の代車費用金二二万五〇〇〇円を請求するが、被告らの負担において別紙(二)記載の修理がなされるべき筋合にないことは、前記1において説示したとおりであるから、原告の代車費用の請求はその前提を欠き、失当というべきである。

3  評価損 金三五万円

(一)  評価損(価格落)とは、事故前の車両価格と修理後の車両価格の差額をいい、(イ)修理技術上の限界から、顕在的に、自動車の性能、安全性、外観等が事故前より低下することによつて生じる減価(客観的な評価損)と、(ロ)顕在的には完全な修理がなされた場合であつても、隠れた損傷があるかもしれないとの疑念等のため事故車は一般に嫌われる傾向があることから生じる減価(主観的な評価損)とによつて生じるものと解されているところ、証人斉藤泰、同渡邉恭一の各証言及び弁論の全趣旨によると、被害車に対して別紙(一)記載の修理を施しても、前述のとおり、修理業者のような専門家等の目からは、右修理が施された部分とそれ以外との部分のアンバランスを識別することが可能であること、新車塗装と修理のための部分塗装が、近時の技術向上によつて差異がなくなつてきたとは言え、一〇〇パーセント完全に復元されるものではないこと、また、中古の高級外車を購入しようとする顧客は、事故車を嫌う傾向が強いことが認められるから、本件事故による被害車の評価損の発生は明白というべきである。なお、被告は、原告は、被害車を現に使用し、かつ、将来も使用するのであるから、評価損は顕在化しておらず、認められるべきではない旨を主張するが、評価損は、事故車が現に使用され、かつ、将来転売の予定がなくとも現実に発生するものと解すべきであるから、右被告の主張は採用することができない。

(二)  そこで、被害車の評価損を算定するに、前記1の(一)で認定の事実に、前掲甲第三号証、乙第一号証、証人斉藤泰、同渡邉恭一の証言、並びに弁論の全趣旨を総合すると、(1)被害車は、原告が昭和六〇年に金一三八〇万円で購入したベンツであるが、購入して三年後に本件事故にあい、本件事故時までの走行距離は、約四万六〇〇〇キロメートルであり、また、本件事故当時における市場価格は、金七〇〇万円であること、(2)被害車の損傷部分は、右前部に限定されており、その修理内容は、別紙(一)記載のとおりであつて、その修理費は金七八万八〇〇〇円であること、(3)一般に、事故車両の評価損を算定するうえで決まつた基本式があるわけではないが、保険会社によつてはという算式を用いて評価損を算定しているところ、小売価格(本件事故当時における中古市場価格)が金七〇〇万円、修理費用金七八万二〇〇〇円として、右算式を用いて被害車の評価損を算定すると、金三五万〇七七三円となること、以上の事実が認められ、これらの事実に、被害車の評価損のうち、いわゆる客観的な評価損の内容は、前記(一)で認定のとおり、主として外観が事故前より低下することによつて生じる減価であること、近時、ベンツが中古車市場において高い人気を得ていることは、当裁判所に顕著な事実であることをも総合勘案して考えると、被害車の評価損は、金三五万円と認めるのが相当である。

4  弁護士費用 金四万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額その他諸般の事情に照すと、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、金四万円と認めるのが相当である。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、金三九万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

目録

普通乗用自動車

車名 メルセデスベンツ五〇〇SEL

年式 昭和六〇年

型式 五〇〇SEL

登録番号 神戸三三つ七四七一

車体番号 WDB一二六〇三七一A 一五七五二四

別紙(一)

別紙(二)

保険会社査定協定修理外修理分

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